浦和地方裁判所 平成4年(ワ)291号 判決 1992年12月09日
原告
蘇武政一郎
ほか二名
被告
角田道生
ほか一名
主文
一 被告らは、各自原告蘇武政一郎に対し金四四三万八七七九円及びこれに対する平成三年九月二六日より完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告蘇武裕人及び同磯前久乃に対しそれぞれ金三五一万七八七〇円及びこれに対する平成三年九月二六日より完済に至るまで年五分の割合による金員を各支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分しその一を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、各自原告蘇武政一郎に対し金一四八五万六五五八円及びこれに対する平成三年九月二六日より完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告蘇武裕人及び同磯前久乃に対しそれぞれ金七五四万七二七九円及びこれに対する平成三年九月二六日より完済に至るまで年五分の割合による金員を各支払え。
第二事案の概要
本件は、自動車に衝突して死亡した自動車搭乗者の相続人である原告らが、被告道生に対し自賠法三条に基づき、被告真喜子に対し民法七〇九条に基づきそれぞれ損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実
1 本件事故の発生
蘇武孝子(昭和五年九月二三日生 以下「孝子」という。)は、平成三年九月一七日午前八時四五分頃浦和市常盤六丁目四番四号先道路を自転車に乗つて横断しかけた際、被告真喜子運転の普通乗用自動車(被告道生所有、以下「被告車」という。)と衝突し、その場に転倒し、頭蓋底骨折による脳幹部挫傷の傷害を受け、直ちに入院治療を受けたが、同月二六日死亡した。
2 被告らの責任原因
被告真喜子は右事故の際前方不注視の過失があり、被告道生は右自動車の運行供用者であり、それぞれ民法七〇九条、自賠法三条による損害賠償責任がある。
3 相続
原告政一郎は孝子の夫、その余の原告らは孝子の子であり、相続分は前者が二分の一後者が各四分の一である。
4 損害の填補
本件事故の損害賠償金として、原告政一郎は一二一二万八四五円を、その余の原告らはそれぞれ三七七万七五〇〇円を受領した。
二 争点
本件の争点は、<1>孝子及び原告らの損害額、特に孝子の逸出利益の算定及び<2>過失相殺の割合である。
第三争点に対する判断
一 損害額
1 孝子の逸失利益 一八一〇万八六四三円
(一) 孝子は、本件事故当時六〇歳の健康な女子であり、夫である原告政一郎及び同人の実母蘇武とりと同居し、主婦として家事に従事するほかパートタイマーとして浦和市の経営する夜間休日診療所で会計の仕事をしていた。とり(明治三六年生)は、当時八八歳である上、骨粗鬆症などを患つていたため介護を必要とし、孝子及び原告政一郎がこれに当たつていた。しかし、孝子が死亡したため会社員である原告政一郎だけでは孝子の看護が十分にできないので、やむなく平成三年一二月から浦和市内の林病院(老人ホーム)に入院している。(甲第四、五号証の各一、二、第六、第七、第一四、第一五号証、原告政一郎本人尋問)
(二) 右の事実によると、孝子は、本件事故に遭わなければ、その後一一年間(平均余命二三・四年の二分の一弱)は稼働が可能であり、この稼働期間中昭和六三年賃金センサス第一巻第一表による産業計・企業規模計・学歴計の六〇歳時から六四歳時までの女子労働者の平均賃金年額(二六二万九一〇〇円)を下らない年収を得ることができ、全期間について生活費として収入の三割を必要としたものと認められる。そこで、年五分の割合による中間利息をライプニツツ方式(係数八・三〇六四)によつて控除し、本件事故当時の原価を算出すると、一五二八万六八四九円(円以下切り捨て、以下同じ)となる。
(三) 原告らは、孝子の逸失利益として右のほか、とりの介助として、同人の平均余命(四・七五年)を越えない四年間につき一日当たり四五〇〇円(中間利息控除)を請求する。
しかし、前記認定の事実及び甲第一五号証からすれば、とりは自用を全く弁ずることのできない完全な又はそれに近い看護を必要とする状況にあつたわけではなく、また、孝子だけが専らその看護に当たつていたものでもない。従つて孝子が行つていたとりの看護が通常の家事労働の域を大きく越えていたものとは認められず、また、とりが本件事故の後入院をした事実に照らすと、これらのことは孝子の慰謝料の算定に当たつて考慮することは格別、同人の逸出利益を右(二)記載の分と別個に算定するのは相当でない。
(四) 孝子は厚生年金保険金を年額二〇万九二〇〇円受領していた。(甲第八号証)
これを同人の平均余命年数二三年として年五分の割合による中間利息をライプニツツ方式(係数一三・四八八五)によつて控除すると、本件事故当時の原価は二八二万一七九四円である。
(五) 前記(二)及び(四)の金額を加えるとその額は一八一〇万八六四三円である。
2 治療費 一五七万八八四五円
右治療費は、原告政一郎が支出した。(争いがない)
3 入院中の付添看護費 四万五〇〇〇円
孝子が受けた傷害の程度に照らし、同人の死亡当日までの入院期間(一〇日間)一日につき少なくとも四五〇〇円を原告政一郎が支出したものと認められる。(原告政一郎本人尋問、弁論の全趣旨)
4 入院雑費 一万二〇〇〇円
前項と同様の理由により一日につき少なくとも一二〇〇円を原告政一郎が支出したものと認められる。(前同)
5 慰謝料 二〇〇〇万円
前記第二の一及び後記第三の二に記載の本件事故の態様、前記第三の一1(一)に認定した孝子の年齢、家庭の状況(孝子が原告政一郎と共にとりを介護していたが本件事故により同女が入院のやむなきに至った事情を含む。)その他本件に現れた一切の事情を考慮すると孝子及び原告らの慰謝料の総額は二〇〇〇万円(相続分と固有の分を合わせ原告政一郎が一〇〇〇万円、その余の原告が各五〇〇万円)が相当である。
6 葬儀費用 一〇〇万円
葬儀費用は、原告政一郎が負担したところ(弁論の全趣旨)、孝子の年齢、家庭の状況等に照らすと、本件事故との因果関係において被告らの負担すべき葬儀費用は一〇〇万円と認めるのが相当である。
二 過失相殺
1 本件事故の発生地点は、浦和市役所構内の周回道路上であつて同市役所本庁舎から至近の距離にあり、付近には大きな駐車場及び駐輪場が存在する。被告真喜子は、当日事故地点の先にある駐車場に被告車を駐車させるべく、守衛から駐車券を受け取つて事故地点にさしかかつたが、右駐車券を助手席に置いていた自分の手提げバツクの中に入れようとしてその方に目をやり、前方の注視を怠つたまま時速二〇ないし二五キロメートルの速度で進行したため、折から被告車より見て右方から左方に向けて自転車に乗つて横断中の孝子を衝突の直前まで発見することができず、衝突の直前でこれを発見して、急ブレーキをかけたが間に合わず、自車の右前部を孝子の自転車の前輪左軸受け部分に衝突させて孝子をその場に転倒させた。孝子は気絶したままであり、救急車に収用されるまでの間にその場ですでに相当の失血があつた。被告車右前部フエンダーには右軸受けが衝突したことにより、約二センチメートルの傷が生じた。孝子の進行方向及びその反対側には停止線と「止マレ」の道路表示がある。前記の駐車場に入る自動車は守衛のチエツクを受けなければならないが、歩行者及び自転車はノーチエツクで出入りすることができ、本件事故地点付近は、日中市役所に用のある人が常時往来している。(甲第一〇ないし一四号証、乙第一、第四号証、被告真喜子本人尋問)
2 以上の事実からすると、本件事故は、被告真喜子が前方不注視という自動車運転者にとつて最も基本的な注意を怠つた結果生じた事故であり、同人の過失の程度は重大である。一方孝子もまた、前記のとおり道路標示があり、かつ被告車が接近しつつあることが認識できたのにその直前で横断を開始したのであるから同人にも過失があり、損害額の算定にあつてはこれを考慮すべきである。右の諸点のほか本件が自動車と自転車との衝突事故であることその他前記認定の事実関係を考慮すると、過失割合は、被告真喜子の過失を七五パーセント、孝子の過失を二五パーセントと認めるのが相当である。
三 弁護士費用
本件事案態様等を考慮すると、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害額は、六〇万円(原告政一郎につき三〇万円、同裕人、同久乃につきそれぞれ一五万円)と認めるのが相当である。
第四結論
以上のとおりであるから、本件事故の損害賠償として、原告政一郎について認容すべき損害額は、前記第三の一1及び5の金額の各二分の一の額と2、3、4、6の金額の合計額について二五パーセントを減じ、これより前記第二の一4の填補分を控除し、これに第三の三の金額を加えた四四三万八七七九円であり、また、その余の原告らについて認容すべき損害額は、第三の1、5の各四分の一の金額の合計額について二五パーセントを減じ、これより前記第二の一4の填補分を控除し、これに第三の三の金額を加えた三五一万七八七〇円である。
そこで、原告らの請求を右認定の限度で認容し、その余を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 清野寛甫)